
今日は5月15日、アメリカを離れて2ヵ月半が経った。
もう細かいことはすっかり忘れてしまったが、今ここで記憶を残しておこう。
22日火曜日ウエスタン終了。
どうしても一部思うような結果が得られない。
どうする?
そこでもう一度全てのデータを整理してみる。
そうだ、以前のデータをうまく組み合わせれば使える!
ということに気付いた。
やった、これで何とかなるぞ!
2月23日水曜日午後1時スカイプインタビュー。
昨日もずっとウエスタンに追われほとんど準備できずに臨んだ。
案の定満足行くものにはならなかった。
最後会話終了の挨拶から望みの無いことを感じ取った。
まあええ、とにかく今は実験を終わらせる、これに集中。
データをまとめにかかる。
そして終了。
やった、とうとうやったぞ!
やっと終わったー!
24日は契約最後の日。
午前中は車を売りにU-heightsへ。
ポーランド人の学生に代金を書いた小切手をもらい
一緒にDMVへ。
すんなりと手続き終了。
彼はこの値段で車が手に入り相当喜んでいる様子だったが
こちらも大喜び。
しかしこれからは車が無いので大変だ。
免許も今日で切れるのでレンタカーも使えず。
昼食った後すかさず午後にあるインタビューのプレゼン準備。
午後4時だったかな
小雨の中ジョーダンにあるラボへ行く。
そこのラボヘッドと挨拶。
怖い人かと思っていたら実はとても優しい人でほっ。
だんなの教授も来た。
二人を前にプレゼン開始。
もちろんろくに準備できてなかったが
相手もフランス人なので助かったー。
しかも以前魚を使って時計の研究してたので話が早かった。
でも俺のやりたい研究と彼らのしている研究が違い
けっきょく不採用。
なんだよー、時間の無駄かよ。
でも他に魚で俺のアイデアに近そうなラボをいくつも教えてくれた。
いやー人は見かけによらん、とまたしても思った。
夜8時からは最後のトレーニング。
仲間が何人も集まってくれた。
そのあと駅前のチキンウイングで打ち上げ。
今回は学部生の若者が多く
いやー盛り上がった。
俺の実年齢が危うくあばかれそうになって慌てたー。
いいなー若いって。
若さが憎いー、白雪姫の魔女か。
25日金曜日
ラボの片付け。
夜はラボのみんなと中華を食べに行った。
全部ボスのおごり。
いい奴だよやっぱり。
ラボはいつの間にかボスと俺以外みんな女の子になってしまっていた。
みんなでわいわい楽しく食べた。
26日土曜日。
ラボと家の片付け。
家が思った以上に大変だ。
3年前スーツケースとバックパックだけだったのに。
荷物はかなり少ないはずだが
それでも片付けるとなると大変だった。
問題は自転車だ。
一応日本に持って帰ることにした。
ネットで調べる限り超過料金130ドル。
定価2100ドルを考えるとやはり持って帰るべきか。
ということで自転車屋に箱詰め頼んでおいた。
それを御大に頼んで車で取りに行き
さらにラボで仕事中のI君のRAV4に詰め込んだ。
夜は御大にピザをおごっていただいた。
27日日曜日。
Eさんとその友人が多くのものを引き取りに来てくれた。
部屋の掃除も終了。
がらんとした中で寝る。
28日月曜日。
部屋を立ち退き、鍵を大学に返却。
こういう時にかぎって雨。
日本に送るダンボールを郵便局から送らねばならない。
ジェイおじさんがネットで支払えるというのでその通り先払い。
しかし車が無く、頼みのボスも用事でいなくなり
ストアのマイクに頼みに行っても冷たくあしらわれ途方に暮れる。
見かねたジェイおじさんが学生のキャロルと一緒に後日郵便局に3箱持って行ってくれることになった。
いらない服などは救世軍に。
助かったー。
実験を教えた中国人留学生がお別れにウーロン茶の官をくれた。
あれ?これ見た事あるぞ、少ししか取れないという貴重なものじゃないか!
なかなか片づけが終わらず
3人の大学院生と順々に別れの挨拶。
キャロルやジェイ教授とも別れ
ラボの鍵をハーマンの机の上に置き
3年4ヶ月を過ごしたラボを後にした。
そしてI君の車でI家宅へ。
産まれて間もない赤ちゃんがいるというのに
鍋を作ってくれた。
うう、鍋も暖かいが
人の情けが暖かい。
家族って良いなー。
そして3月1日まだ暗い午前4時。
起きてコーヒーいただく。
スーツケース、バックパック、自転車
これらが預ける荷物。
そしてラップトップなどの入ったデイバックが機内持込。
真っ暗な中I君のRAV4で空港へ。
道を走る車もなく
静かな町を抜けてすぐに空港に到着した。
彼と別れ荷物を預ける。
なんと、超過料金は取られなかった。
やりぃ!
あ、だったらもっと荷物詰め込んどくんだった!くそー
人もまばらな待合室にて
精神安定剤飲んで準備完了
空が少し明るくなって来たとき
飛行機がやって来た。
午後11時真っ暗な中ここに到着し
迎えに来てくれたボスと初めて会った時のことを思い出す。
結局最後はバタバタしてじっくり感傷に浸る時間もなかったが
それで良かったのかもしれない。
さらばアメリカ
美しきバージニア
そして思い出いっぱいの我がシャーロッツビル。
DCで乗り換え
飛行機は成田へと向かった。
こうして赤い彗星のアメリカでの生活は終わった。