7/06/2010

発表当日

朝7時半に起き、長いこと使わなかった歯磨き粉で歯を磨き、口内液でくちゅくちゅし、待ち合わせの8時半前に受付の椅子で待つ。他にもインタビューに来たらしい女性が座っていたので緊張をほぐすため話しかけてみると海軍でヘリコプターの整備をしていたらしい。何すんのここで?
 8時半小柄な教授現る。一緒に朝食とりつつ彼の質問に答える。想像していたよりずっと気さくな人柄で拍子抜け。10時からのセミナーのため会議室で秘書に助けてもらいつつ持ってきたラップトップをセット。誰も来る様子がなかったのでほっとしていたら10時になって急に集まり緊張感高まる。しかし不思議とすぐに緊張感は消えていった。教授の紹介の後いよいよ発表開始だ。スライド一発目いきなり笑いを取りに行く。ここで聴衆のハートをガツンと鷲掴みにし、その勢いで不安だらけの後半を一気に切り抜けてしまおうという戦略。ロンドンで叩き込まれた教え「プレゼンとはエンターテイメントである」だ。ところがである、クスリとも笑い声が起こらない。仕込みがいきなり不発、まずいわ!といつもならパニックに陥るところだが、なぜか今日の俺は腹が据わっていた。かまうもんか、どんどん先に進む。この教授、新しい遺伝学的仕掛けを工夫して試すのが好きらしいことを論文および彼のホームページでチェックしていたので、イントロの後アイデアは面白いけど結局漏れてうまく行かなかったプロジェクトを配置しておいたらこれが大当たり、教授食いつく。後半は3つあったうち何とか生き残っているプロジェクトを紹介。いくつか質問が出たが所詮はこの分野の素人、それなりに答えて切り抜けた。
 無事発表終了、教授のオフィスへ。「今度は私が君の興味を引く番だな」と彼の研究の話を始めた。おお、笑いの仕込みは思い切りすべったが仕事の話の仕掛けは予想以上に効いたようだ。彼は得意の小細工を用いてハエの脳神経全体の地図を作り上げるという壮大な計画を語ってくれた。すごい情熱。そしてこの研究所のすばらしさ。政府から研究費を得るため人生のほとんどの時間を割いてグラントを書く必要がない、ここは研究者の天国だ、と語ってくれた。この後日本のアニメ好きの彼のお嬢さん2人、ラボのメンバー数人を加え研究所の食堂でランチ。ここには家具つきのアパートも、ジムもあり、外に出る必要がなく研究に専念できるとおっしゃる。午後は秘書さんが所内を案内してくれた。一番驚いたのがハエを新しいバイアルに入れ替えるアームロボット3台。俺が毎週多大な時間と労力をかけてるいやいや仕事をここではロボットが肩代わり。研究者は頭を使えということか。驚くことばかり。しょんべんちびりそうなこの施設も、研究費も、一個人の作った財団から出ているのだ。日本とは金持ちのレベルが、志の高さが、全然違う。もう比べる気にもならず。
 一通り見た後は別のラボヘッドと会談。教授と共同で3D脳神経マップを作成しているコンピューターサイエンティスト。今の仕事の話をすると「彼(教授)とはやってる仕事の方向性がかなり違うよね、どうしてここに来たいと思ったの?」といきなり挑戦的。えーん、と泣きそうになりつつ、しかしむっとしたのでゴルァ!と反撃。「神経回路の構造の次は機能じゃないのかな。だいたいここの研究所の設立目的は何?」と聞くと「それは良い質問だ」と黒板に絵を書きながら説明しだした。ふっ、所詮はコンピューターサイエンティスト、ちょろいぜ。しかし次の相手は違った。その世界の権威と言われる人物、俺の今の仕事の話のあと鋭い質問を浴び悶絶。何か答えねばと思うが出てこない、悪い癖だが直らず。うーんと頭抱えてると「まあええ」と彼の仕事の話を始めた。えーん、バカがばれたぁ。しかし彼の研究が実に面白い。彼らのような一流の科学者が協力して巨大なブレークスルーを成し遂げようとしているのである。またまた感心。次にラボコーディネーター。どうして今の仕事やめてここで脳神経の構造をやるのか、みな同じことを聞く。「仕事が無いからに決まってんだろーが、空気読めや」とはもちろん答えず。最後にラボの大学院生たち。この辺は和気藹々。もともとMITの学生で学位を取ったばかりの彼から仕事の苦労話、生活環境の変化と話が飛ぶ。巨大なバスを釣って食ったと言うので「うまいのか?」と聞くと蒸すそうな、ほほう、清蒸か。
 午後6時よりラボの皆さんと所内のバーで夕食。すぐに打ち解けて楽しく会話。このあたりザンビア以来の外国生活で慣れたもんだ。ようやくすべての予定は終了し一人になった。せっかくなのでジムに行ってみた。ちょっと筋トレ。バーでビールを楽しむ。今日は思いのほかうまく行った。かなり良い感触、これは明日にでも「ぜひ来てくれ」という話になるかも、でも今の仕事も終わらせたいし、どうするかな。もし本当にここに来ることになったら、ここのことを教えてくれた御大にはお礼をせにゃいかんな、旨い夕食でもご馳走するか、そんなことを考えつつゆっくり眠りについた。

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