2/25/2009

早朝のメール

今朝ラボに来ると母親からメールが来ていた。何だろうと思ってみたら「おばあちゃんが亡くなりました、95歳でした」という知らせだった。ああ、もうかなり前から体が弱り、少々惚け気味でもあったと聞いていたが、とうとう亡くなってしまったのか。父方の祖母が亡くなった時はロンドンで、今度はアメリカか、これで祖父祖母はみないなくなってしまった。100歳まで頑張ると言っていたのに。2ヶ月前親戚が恒例で大晦日おばあちゃんの家に集まった時の写真を送ってくれたが、その時は一緒に写っていたのに。
 このおばあちゃんは大変愉快な人で、最後まで好奇心にあふれ、人生を楽しむ明るい人だった。俺が子供の頃はよく近所のおばあちゃん達と一円賭けてトランプしていた。大変多趣味な人で、詩吟やったり自民党員になってカーター元大統領と一緒に写真に写ったり、俺が友人を連れて行くとおばあちゃんの趣味の貼り絵を何枚も無理矢理持って帰らせたものだった。長いこと仲人もやっていて何組もの縁談をまとめ、いずれ俺の弟にも嫁さんを引っ付けちゃる、と言っていたがその夢は叶わなかった。「笑う角には福来る」というが、やさしい末っ子夫婦とさらにその一人娘である孫と一緒に仲良く暮らし、今どき珍しい幸福な老後であったと思う。その人生を楽しまずにはおかない精神は脈々とうちの母親へ、そして我が弟へと受け継がれている。
 ザンビアに行った俺を大変誇りに思ってくれ、「うちの孫は総理大臣に任命されてアフリカに行きました」と新聞に投書してくれたおばあちゃん。せめてもう一度その愉快な話しを聞きたかった。俺にもおばちゃんの血が流れているのか、ならばその血筋に恥じぬよう、せっかく与えられた時間を心ゆくまで楽しもう、そう気持ちを新たにしたのだった。

「有意義に過ごした一日が安らかな眠りをもたらすように、有意義に生きた一生は安らかな死をもたらす」(レオナルド、ダビンチ)

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

うちも母方の祖母が1人。この記事読んで無性に懐かしく、というか、愛おしくなりました。
下の妹と1歳半しか離れてなくて、おばあちゃん子で育って、よく手をつないで大通公園まで歩いて、ハトにとうきびやって、きれいな石拾って歩いて・・・、なんてことを思いだします。
電話してみようかな。

マイク&ザメカニクスのLivingYears、聞いたことある?
つい多忙な日々にかまけて、ほんとに大事なことを後回しにしてしまっているんだよな。

ごうちゃんのおばあちゃんのご冥福をお祈りしています。

あべし

PS このエピソード、生徒に紹介させてもらっていいですか?

Tada さんのコメント...

すまん、今初めてこのコメント見つけた。今日は5月15日、わーい。